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9th +αの会写真展

大崎和男作品展      ━絵画・写真・版画・造形━

エピソードⅣ 虚空巡礼 津田一郎

 映画のスチールマンになって48年になる。

 その間、いろいろな場所へ行った。にっかつの海女シリーズでは、神津島へ1週間ほどロケに参加した。出演していた立川談志師匠が、私の撮り方を見ていて「こいつ早いんだ」と皆に紹介してくれた。まだ若かったので師匠に誉められて少し嬉しかった。

 ロケセットはそれぞれ曰(いわ)く因縁がある。世田谷にあったそれは、バブルの頃に建てられた、茶色いタイル貼りでプール付の豪邸だった。

 出番待ちの間、私とある俳優さん2人で、2階にあるデッカイ!ダブルベッドで寝ころんでいた。ウトウトした時、黒い影が窓からスーッと入ってきた。一瞬、男だ!と思ったけれど、強烈な金縛りにあって、身動きができなくなってしまった。いくつか知っている長い呪文を唱えてみたが全く効かない。ふと一番短い呪文を唱えてみた。すると上半身だけ動くようになった。そのままベッドから手だけ使ってずり落ち、床を匍匐(ほふく)前進で這って部屋の外に脱出した。部屋から出ると歩けるようになったので、下へ降りてロケに参加した。仕事に戻ったために、私はすっかり同じ部屋に居た俳優さんのことを忘れてしまっていた。小一時間ほど経ったころ、彼が真っ青な顔をしてやって来た。ずっと金縛りで身動きができず苦しんでいたそうだ。しかし誰も気に留めずロケは進行して行った。

 とある温泉旅館。これが安いのだ。だから低予算のロケ隊の定宿になっていた。「出るよ」と評判はあったが、「安けりゃ何でもいい」のでいつも使っていた。ある日、業界ではわりと有名な女優さんが夕方やってきて「ここ気に入ったから長逗留したいわ」と言い泊まった。夜中、部屋の外側の障子に懐中電灯の明かりが点滅し人声がしてうるさかったので、翌朝「何があったの?」と助監督に訊いた。怪訝に思った助監督が障子の向こうの窓を開けてみると、外は絶壁で下には箒川(※)(ほうきがわ)が流れていた。建物は川辺の高いところに立っていたのだ。明かりは人魂だったのだろうか。その女優さん、即その日の夕方に帰ってしまった。長逗留したいと言っていたのに。

 ある時同じ旅館で「出る」ことを知っている若手の俳優さんが、イタズラ心で夜中に頭から白いシーツをかぶってトイレの中に隠れていた。何も知らない助監督がトイレのドアを開けた時、白いシーツのお化けが立ち上がった。「ギャーッ」という大声が旅館に響き、ドドドドッと階段を駆け上がる音が続いた。スタッフ部屋の障子を開けたら麻雀に興じていた俳優さんたちが振り向く。助監督の顔は引きつり、髪の毛は毛根から1本ずつ、ピン、ピン、ピンと総毛立状態。ベテランの俳優さんが雀パイを片手に言った。「何が恐ろしいか知らないが、テメーの顔のほうがよっぽど恐ろしいや!!」

 

※箒川:栃木県の那須塩原市を流れる河川

 

エピソードⅢ 虚空巡礼 津田一郎

 

 少し休載しておりましたが、続きを読みたいという声があったことから、三木淳初代会長の「写真は哲学である」という意志を引き継いで、再び書くことにしました。

 JPA会員には、写真教室を持っている先生方も多くおります。「“人に法を説く”とはどういうことか」を示唆する話が、大乗仏教経典の一つである『維摩経(ゆいまきょう)』第二章弟子品(でしぼん)のなかにあります。

 

「譬如幻士爲幻人説法」

 譬(たとへば)、幻士(げんし)の、幻人(げんと)の爲(た)めに説法するが如(ごと し)

 

 「この世は空なるもの」という世界観に立ってみれば、自分も空なるもの、相手も空なるもの。であるから、幻影の先生は幻影の弟子の為に話をしなさい、という意味です。もちろんこの話の前後に長い文章が連なっており、人に何かを教えるというのは、自我を捨て、相当に謙虚でなければいけないということが書かれています。

「天眼通」については、以前に少し書きました。これはこの世を見通す眼のことで、六神通力の一つです。

シャッターを押す、というのは、現象が起こってしまった後では遅いわけで、その前に予測して押すものです。言ってみれば、ちょっとした未来予測の天眼通です。これ以上酒を飲むと二日酔いになって明日の仕事に差し支えるから止める、といったこともその類でしょう。

 これまで私は、説明のつかない未来予測をずいぶん経験しました。

ある映画のロケでのことです。乱闘シーンで急に「危ない」という感覚が襲ってきました。女優さんが頭を打つ瞬間がフラッシュバックしたため、マネージャーを呼んで「気を付けるように」と注意を促しました。ところが現象は止められず、その女優さんはやはり頭を打って気絶し、救急車で運ばれていきました。幸い数針縫う程度の怪我で済み、後にマネージャーからは「あの時に注意されたおかげで、この程度の怪我で済みました」と半泣きで感謝されたことがあります。

関戸会長が在任の頃、早稲田にJPAの事務所がありました。ある日突然泥棒の気配を感じ、事務局員に「近々ドロボーが入るから、現金は置かないように」と伝えました。数日経ってお巡りさんから電話があり、「お宅の事務所に泥棒が入りました。すでに捕まっているので、被害があるようでしたら被害届を出してください」と言われたのです。天眼通で未来が見えたとしても、未来を変えることはできません。しかしながら少しは役に立つことはあるようです。

 

 もう1つ。深夜、映画のロケ中の話です。30センチの新雪が積もるなか、役者の螢雪次朗さんが車の鍵を飛ばしてしまい、どこへ行ったか分からず、助監督数人でウロウロと探しているところに出くわしました。じーっと雪を見ていると、ふと雪に埋まっている鍵が見えました。そこで深く手を突っ込んでみると、指先に鍵が触れました。

 神通力は、長い修行の末に身に着くものですが、残念なことに一瞬の油断で消えてしまいます。たとえば久米仙人の場合。飛行中に河原で洗濯をしている女性の着物の裾からはみ出ている白い太腿を見た瞬間に神通力が消え、雲の上から地面に落ちてしまったとか。

 我々の人生もまた、長い修行の末に今日があるわけですが、久米仙人のように、一瞬の油断で“落ちてしまう”危うく儚(はかな)い側面もあります。